医会について

設立の目的

日本臨床泌尿器科医会の歴史と理念

副会長 清原久和

昨年4月に第3代宮崎良春会長が選出され早や1年数か月が過ぎようとしています。今回ホームページをリニューアルするにあたり改めて日本臨床泌尿器科医会の歴史と理念について述べたいと思います。

歴史は偶然の所産か、必然的に生じたものか、議論されることがありますが、日本臨床泌尿器科医会(以下日臨泌と略します)は必然の結果として生まれた組織であると考えます。1980年前後頃より、全国各地に日本泌尿器科学会(以下日泌と略します)の集まりとは別に地域の医会の母体となる泌尿器科医の勉強会、症例検討会、親睦のための集まりが出来ました。現在では全国の都道府県に約20の泌尿器科医会があり、それぞれの地域でそれなりの役割を持ち現在まで活動されておられます。また日臨泌支部のみ、あるいは地域の医会と日臨泌支部が併存している都道府県もあります。1984年10月、健康保険本人負担が0割から1割負担になり、さらに1997年9月には2割負担となり(現在は3割負担)世間一般の保険診療に対する厳しい目が出てきたことも、医療従事者が保険診療に眼を向ける更なる要因になったと思われます。このような気運の中で地域での親睦、勉強会を目的とした医会とは異なる泌尿器科保険診療改革のための組織作りが必要となってきました。1998年4月11日の鹿児島での日泌総会で全国の大学教授を含む病院、開業医の先生方、保険診療に詳しい全国社保国保の審査委員の先生を中心として全国組織である日臨泌が設立されました。その当時、地域の医会では大阪臨床泌尿器科医会が最も歴史があり1997年8月には既に20周年を迎えており会員数も約500名を超えていました。大阪泌尿器科臨床医会会長であった前川正信大阪市大教授が大阪の医会の会長を退かれ日臨泌会長に、児玉正道先生が専務理事に就任されることになりました。また約25人の理事の約7割が社会保険の審査委員、あるいは経験者でありました。2000年頃、当時の阿曽泌尿器科学会理事長が診療報酬改定の重要な役割を担っていた日本医師会の社会保険診療報酬検討委員会に泌尿器科医が入っていないことに気付かれ、東京社保の審査委員をされていた吉田英機名誉会長を指名され委員に送り込まれたと吉田名誉会長ご自身から伺ったことがあります。この頃より日泌でも泌尿器科診療に対する正当な評価を求めて学問、研究、教育をする学会と並行して泌尿器科医の保険診療での正統な報酬と、社会的地位の確立を求める必要があるという気運が出て来たようです。日臨泌設立当初は、泌尿器科保険診療の充実、診療報酬改定のための活動が主であり、特別講演として植松治雄元日本医師会会長を初め日医幹部の方々にお話を伺う機会がありました。その後児玉光正事務局長が、学会とは一味違う泌尿器科日常診療の問題点をざっくばらんに話し合う臨床検討会を始められました。初回は大阪中之島の国際会議場で「性感染症」について札幌医大の熊本悦明先生をコメンテーターにお呼びして臨床現場での問題点について熱心な話し合いがなされました。現在まで11回の臨床検討会が開催されています。また社保国保の審査委員が日泌総会時に手弁当で開催していた会議を、1999年大阪で近畿大学の栗田孝教授が開催された日泌総会時より日臨泌が主催することになったことにも児玉光正事務局長が尽力されました。初代前川正信会長が体調を崩され、2007年4月から吉田英機昭和大学教授が第2代会長に就任されました。吉田先生はその当時東京都社会保険診療報酬支払基金の二百数十人の全科の審査委員を束ねる委員長であり厚労省保険局と強い繋がりをもたれ、厚労省より外保連の上部にある医療技術評価分科会の初代会長に任命されておれらました。保険点数を決定する中枢におられる厚労省保険局の歴代の医療課長級の方々をお招きして日臨泌総会の場でお話を聞くと同時に、日臨泌の要望を伝えるロビー活動を行ってまいりました。吉田会長は、手術に関する診療報酬の点数設定には従来有利であった診療科についても公正な評価をされることに尽力されました。そのため泌尿器科に有利な設定をすると他の診療科から恨まれることもあったと、後日おっしゃっていました。2004年、大阪で開催された日本医学会総会では、日臨泌と大阪泌尿器科臨床医会主催で「高齢者の排尿管理」のシンポジウムを当時の保険局医療課長(昨年まで医政局長)をお呼びして開催することが出来ました。日本医学会総会に応募された三分の一の演題が不採用となり、日泌からもそれまで一題も演題が採用された事はありませんでした。この時この演題が採用されたことは、泌尿器科診療がやっと一般診療科のなかで認知された思いでした。演題採用にはその当時の日泌理事長の奥山明彦阪大名誉教授のご尽力、厚労省からシンポジストをお呼びできたのは吉田英機先生の厚労省保険局との強い繋がりがあったためと考えます。かつて泌尿器科医の大半は大学を含む勤務医で占められていましたが、泌尿器科単独での開業医も年々増加して、また高齢化社会に向けて排尿、男性学の問題に取り組む社会的ニーズも出てき来ました。今後は手術点数だけでなく泌尿器科の日常内科的診療についての保険診療に目を向けていく必要があると考えます。

以上の流れからから、理念という程のものかどうかわかりませんが、日泌にはなく、日臨泌が目指してきたものは日常の一般泌尿器科診療の質と社会的評価の向上、保険診療の充実と経済的社会的基盤の強化、充実であることが少しお分かり頂けたでしょうか。2012年より秋山喜久夫先生が事務局長になられ事務局の改革をされました。名簿、会費の一元管理、各理事へのメール配信、各種イベントの開催についてもシステマチックに活動されご尽力頂いております。医会活動は医療活動、社会活動も視野に入れることが必要で、他領域の医会に習い学術、保険、医療安全総務部など事業部制を開始致しましたがまだまだ十分に機能しているとはいえません。今後全国の医会、医会支部、医師会の分科会との関係も密にして(郡市区医師会、都道府県医師会、日医の関係が良いかどうか分かりませんが)社会的に認知される泌尿器科の医療活動が出来ればと考えます。

役員名簿(平成28年度役員名簿)

名誉会長 1 吉田 英機(東京)
会長 1 宮崎 良春(福岡)
副会長 2 清原 久和(大阪)  山口 秋人(福岡)
専務理事 1 岩澤 晶彦(北海道)
常務理事 5 斎藤 忠則(東京)  秋山 喜久夫(兵庫) 佐藤 和宏(宮城)
増田 光伸(神奈川) 正井 基之(千葉)
理 事 23 蓑田 国広(宮崎)  小川  肇(東京)  真弓 研介(香川)
瀬尾 一史(広島)  長谷川 徹(富山)  本間 之夫(東京)
柳澤  温(長野)  酒本 貞昭(大分)  松村 欣也(北海道)
木下 裕三(神奈川) 稲葉  正(京都)  賀屋  仁(埼玉)
北村 浩二(京都)  赤枝 輝明(岡山)  山口 健哉(東京)
髙尾 徹也(大阪)  佐藤 嘉一(北海道) 長倉 和彦(東京)
小林 峰生(愛知)  岡  伸俊(兵庫)  太田 純一(神奈川)
松本 純一(三重)  岩佐  厚(大阪)
事務局長 1 秋山 喜久夫(兵庫)
監事 2 吉田 豊彦(千葉)  成田 晴紀(愛知)
顧問 1 富樫 正樹(北海道)

日本臨床泌尿器科医会 規約

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